知らないとマズい「諦めずに頑張りなさい」のデメリット

皆さんこんにちは!

 

今日は、「諦めずに頑張りなさい」のデメリットについて書きたいと思います。

 

昔から

・諦めちゃだめだ!

・頑張って続けなさい!

という考えは美徳とされ、親やスポーツの監督によく言われてきたと思います。

 

何事もすぐに諦めて、頑張らない人は何も達成できない

という点については、僕もその通りだと思います。

 

しかし、

「絶対に諦めずに頑張らなければならないのか?」については、

違うと思います。

 

それはなぜなのか?書いていきたいと思います。

 

目次

よくある感動的ストーリー

 

「諦めずに頑張れば、きっと報われる」

なんて言葉を聞いたことがあると思います。

 

このような言葉を後押しするのが、

感動的と呼ばれるストーリーです。

 

例えば、

小さいころ友達に誘われて始めた野球。

始めたころは、チームのメンバーも少なく、強いチームではなかったけど試合にも出れたし楽しかった

中学校になると、そうはいかなかった。

周りの子と比べて体は小さかったし、運動も得意ではなかったから中々レギュラーが取れなかった

それでも試合に出たかったから、毎日の素振り300回はサボらずに続けたが、

結局中学校ではレギュラーが取れなかった

高校に入って、野球を続けるか悩んだけど

「諦めちゃだめだ!がんばりなさい!」という両親の後押しもあり続けることにした。

とにかくがむしゃらに頑張った。

練習は夜遅くまでやって、帰ってからも素振り500回、筋トレと頑張った。

途中何度も諦めようと思ったが、その度に後押ししてくれた両親の言葉がよみがえり、

諦めずに頑張ろう!と思った。

その甲斐あってか、3年生最後の大会でベンチに入ることが出来た!

久しぶりの背番号をもらった時には体が震えた。

そして大会初戦。チームは苦戦を強いられ、敗色濃厚。

9回最後の攻撃、僕は代打で出場することが出来た!

結果はなんと人生初のホームラン!

グラウンドを泣きながら1周した。

これはきっと諦めなかったから神様がくれたプレゼントだったんだ!

 

終わり

 

長くなりましたがいかがでしたか?

良くありがちな話だと思いますが、

「諦めずに頑張ってよかったね!」と思う方も多い話だと思います。

 

僕も野球をやっていた身なので、ホームランを打つというのは簡単ではなく、

日々の素振りといった練習の成果なしでは達成できなかったことだと思います。

本当に感動する話なのか?

 

しかしね。

 

これは本当に感動のお話なのでしょうか?

この話を整理すると

・小学校の時は試合に出れて楽しかった

・中学校からはレギュラーになれなくなったが、努力は続けた。

・高校に入るときに、辞めるかどうか迷ったが両親の後押しでやることにした。

・高校に入ってからも何度もやめようと思ったが、踏ん張った。

・最後の大会でベンチ入りして、代打で出てホームランを打てた。

といった感じになります。

 

小学校とは違って中学校では、自分はあまり野球が上手ではないという事を自覚し始めて

悔しい思いを沢山したと思います。

しかし、諦めずに努力することでその穴を埋めようとしますが、結局は埋まらなかった

高校でも悔しい思いをしながら、なんどもやめようと思ったのを踏ん張って3年間頑張った。

という辛い思いを中学からの6年間味わったご褒美が

”たった1回のホームラン”

で本当に良いのでしょうか?

 

彼の場合は高校入学時と高校途中で何度か、「諦めようかな」と思いましたが、

「諦めちゃだめだ!がんばりなさい!」という言葉で踏みとどまります。

 

もしも、きっぱりと諦めてたら

・ほかのスポーツでは試合に出れたかもしれない

・勉強に打ち込んで良い大学に入れたかもしれない

・恋人が出来て青春を謳歌できたかもしれない

かもしれないですよね。

 

実際に彼がどう思うのかはわかりませんし、他人の幸せを決めてはいけませんが、

少なくても

諦めるかどうか?の選択肢を迫られたときに

諦めちゃだめだ!

と安易に言ってはいけないのではないでしょうか?

 

その結果、もし本人が後悔する結果になったときに

「お父さんが諦めちゃダメだって言ったから頑張ったのに!」

と泣きながら言われたらなんとも言えないですからね・・・

 

僕も子供がいる身なので気を付けたいと思います。

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

今日も頑張りましょう!

 

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